しゅんちゃん、“ばぶちゃん”に変身 

さくら
みなさん、こんにちは。 さくらです。

しゅんちゃんはときどき、「ばぶちゃん」に変身します。

たとえば、

しゅんちゃん
「ばぶちゃん、ミルク飲みたいの〜。」

「ばぶちゃん、ひとりでお着替えできないの〜。」

「ぼく、ばぶちゃんだから、ひとりで食べられないの。 食べさせて〜。」

っていう感じです。

「ばぶちゃん」っていうのは、しゅんちゃんが自分で考え出した“新しいキャラ”です。


ばぶちゃんは歩けないっていう設定らしいんですけど、

「初めて、ひとりでたっちして、歩き始める」

っていうのは、しゅんちゃんが大好きな場面設定です。


「ばぶ、ばぶー。」(よろよろと立ち上がるしゅんちゃん)

「ばぶちゃーん、お母さんのところまで歩いておいで〜。 がんばって〜。」

「ママ、ママー」

「わあー、ばぶちゃん、お母さんのところまで歩いてこれたねー! すごいねー! がんばったねー!」

「ママー」


ばぶちゃんは、たまーにはるちゃんと張りあってるときもあります。

はるちゃんがエンエン泣いてると、ばぶちゃんも隣に寝っころがってエーンエーンと泣きます。
もちろん、泣きまねです。

この前は、はるちゃんはおなかがすいて泣いている時間だったので、ばぶちゃんには「よしよし」って声を掛けただけで、はるちゃんを抱き上げておっぱいをあげようとしました。

そうしたら、ばぶちゃんは、

「はるちゃんだけ抱っこするなんてずるいよー。」

って、本当に泣いちゃいました。

はるちゃんにはもうちょっとだけがまんしてもらって、先にばぶちゃんを、ちょっとだけでも抱っこしてあげたほうがよかったかしら?


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昨日は、夕ごはんの用意ができて、はっと気づいたら、さっきまでリビングで遊んでいたはずのしゅんちゃんがいません。

「眠そうだったし、ベッドに行っちゃったみたいだよ。」

とひろしに言われて見に行くと、暗い部屋のベッドの上で、小さく丸まっているしゅんちゃんがいました。

「ばぶちゃん、眠くなっちゃった? ごはんできたよ。 抱っこしてあげるからあっちに行こうね。」

そのときはるちゃんをおんぶしていたので、おんぶに抱っこで二人あわせて25キロ弱。

だいじょうぶよ〜お母さん力持ちだからね。


テーブルについても、なんだか浮かない表情で、さみしそうにしているしゅんちゃん。

お父さんのダイエットに付き合って、焼き魚と納豆と冷やっこの夕ごはんじゃ、あんまりうれしいメニューじゃなかったかな?


「わかったー! お母さんに抱っこしてほしくなっちゃった?」

「うん」

私のひざにだっこしながら、しゅんちゃんは納豆ごはんをモリモリ食べました。


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しゅんちゃんはこのごろ、

「今日の(保育園の)お迎え、お父さんがいいー!」

とか、

「お父さんと遊びたいのー!」

ということが多くなってきました。

ちょうどはるちゃんを妊娠していたころから、野球やサッカーやたたかいごっこなど、体を動かして遊ぶのが楽しい時期に入ってきたということもあるのだと思います。

はじめのうちは、「お母さんと一緒に遊びたい」と言っていたしゅんちゃんですが、私がおなかが張ってあまり動くことができないと分かってから、週末も平日の夜も、ほとんどひろしと遊ぶようになりました。

しゅんちゃんとひろしがキャーキャー笑いながら、ダイナミックに体を動かして遊んでいるのを見るのって、すごく嬉しくて、私は大好きなんです。

三姉妹で育った私にとって、「父と息子」っていうのは、小説の中でしか見たことのない、一種の憧れでもありました。


その一方で、「お母さん、お母さーん」ってあんなにベッタリだったしゅんちゃんが、私から離れていってしまったような気がして、なんだかちょっぴり寂しいような気もしていました。

でもお母さんがいらなくなっちゃったわけじゃないんだよね。

まだまだお母さんとして、しゅんちゃんにしてあげられることってたくさんあるよね。

抱っこしたり、スキンシップでするコミュニケーションから、言葉でするコミュニケーションが、今まで以上に大切になるんだなって思います。
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